シュラムスバーグは今から約150年前にナパ・ヴァレーの山腹にヤコブ・シュラム氏によって設立されました。1965年より所有者となったデイヴィーズ夫妻によりシャンパーニュ方式で造るスパークリング・ワインの造り手として地位を確立してきました。シャルドネから造られるブラン・ド・ブランから始まり、その後、歴代のアメリカ大統領の公式晩餐会で幾度となく使用され、アメリカを代表する高品質スパークリングワインを造り続けています。1965に現在の社長ヒュー・デイヴィーズの両親にあたる、ジャックとジェイミー・デイヴィーズ夫妻が購入します。何年もの間、廃墟となっていたシュラムスバーグでジャックとジェイミー・デイヴィーズ夫妻は、この土地で、アメリカが世界に誇れるスパークリングワインを造ろうと考えました。まだ当時は、カリフォルニアには21個のワイナリーしかなく、シャルドネとピノ・ノワールの栽培総面積は20ヘクタール程でした。フランス産以外のスパークリングワインは「たんなる泡が入っている飲み物」でしかなく、ワイン以下の扱い、質の高いスパークリングワインなんて誰もが無謀だと思っていました。それでもジャックとジェイミーは諦めませんでした。複雑味と高級感に溢れる国産のシャンパン方式スパークリングワインを造ってみせると。何十年もの間、管理が行き届いていなかった畑のブドウを植え替え、ブドウ栽培に細心の注意を払い、また醸造の全ての工程を見直し、最高の口当たりを生み出す為に試行錯誤を重ねワインの熟成期間を調整します。そしてなによりも二人が信じてやまない「シュラムスバーグ」のストーリーを、全国を飛び回り名前を広めて行きました。1965年のブラン・ド・ブランは商業用のスパークリングワインとして始めてシャルドネが使われました。1967年に発売されたブラン・ド・ノワールはピノ・ノワールを主体に、伝統的なシャンパーニュ方式のスパークリングワインとして名が広まります。その次にリリースされたリザーヴ(Reserve)は、48ヶ月以上熟成させた高級スパークリングワインとして地位を確立、1973年にリリースされたクレマン・デミ・セックは、セミヨンとゲヴェルツトラミネールの交配種、フローラというブドウから生産され、アメリカ大統領の公式晩餐会で幾度となく使用されます。1972年、ニクソン大統領が北京に電撃訪問し行われた周恩来首相との会談では、1969年のシュラムスバーグブラン・ド・ブランが供されました。その後、1987年産のブドウから造られたジェイ・シュラム(J.Schram)が1992年にリリースされ、世界の高級シャンパーニュハウスのテット・ド・キュヴェに匹敵するワインを世に送り出します。ジャックとジェイミーの惜しみない努力の結果、シュラムスバーグは世界的に有名なスパークリングハウスとなります。アメリカのワイン評論家ネイサン・クローマン(NathanChroman)は、こう言います。「普通の生産者のスパークリングワインは1行もあれば語れてしまう。フランスの大手がカリフォルニアでスパークリングワインを造り始めた事も、1段落で十分であろう。でもジャックとジェイミーがカリフォルニアにもたらした影響は1章あっても語りきれないのである」ブドウは全てが手で収穫され、ワインも手作業で造られます。全てのワインが、ワイナリーの敷地内にあるカーヴで熟成され、ルミアージュもほとんどが社員によって手作業で行われます。フラッグシップワインのジェイ・シュラムのラベルは手で張付け作業が行われます。シュラムスバーグでは270万本ものワインをストック、熟成し、世に送り出しています。
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